静岡・掛川産 安価で高品質!丸松園は明治時代より茶農家一筋。自園の茶葉を自宅の工場で製造している本物の茶農家です。
配達箇所一カ所送りで 送料:全国均一580円(沖縄・北海道・離島1,000円)10,000円以上、送料サービス
丸松園のべにふうき緑茶
受賞履歴
五代目園主が語る丸松園
茶農家一筋 丸松園110余年の歩み
丸松園便り
べにふうき お客様の声
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幼いころは畑で遊ぶことが多かったですね〜。
そのころから土いじりが好きだったようです。
子供にとって田んぼや畑は格好の遊び場!!
夏は魚釣り、冬は田んぼに張った氷の上でスケート!
茶の実で戦争ごっこ。
小学校の高学年になると田んぼでゴルフ!
山に秘密基地を作ったり、野イチゴや木の実もたべたな〜。
今思えば、田舎に育てられたんです。
自然に普段の生活の中から、良いことも悪いことも沢山の
知恵をもらって生きてきたんです。

だから今の子たちが不敏に
思えてなりません。
夏になると我が家ではスイカを栽培します。
(趣味で・・・)遊びだけど、多い時には100個とれることも
だから夏休みの昼ご飯は毎日スイカが
おかずだったりした・・笑。

4年生になると地元の
野球チームに入団!
長嶋、王選手にあこがれていつも当たり前のように野球をしてた。中学に入っても野球部に入部!先輩に怒られながら、毎日、嫌というほど野球をやった・・。中学に入学して間もなく、たくさんの友達が家に遊びに来た時の事です。当時、我が家では祖父、祖母が牛と鶏を飼育していました。友達は、そのことにびっくり、牛や鶏を見たり触ったりで、大騒ぎ!!!しかし、思春期の頃になると家が農家であることを、友達や女の子から、からかわれることもありました。「ヒロの家って牛とか鶏もいるんだよ。農家だに〜」好きな女の子がいるところで言われると、とても恥ずかしくて・・・そのころから、父の仕事を聞かれると自営業って答えるようになっていました。

父は尊敬するも、「農業は嫌だ、かっこ悪い」
そんな思いは、日に日に大きなものになっていきました。子供のころから当たり前に生活の主体だった農業。茶畑や田んぼの土とたわむれ、山遊びや川遊びに飛び回った日々が田舎臭くて嫌になった頃でした。だから、高校は農業高校ではなく、普通科に進学、ただひたすら都会の暮らしにあこがれて名古屋の学校、そして東京の会社に就職しました。

それはまるで田舎から逃げるように・・・
専門学校の友人達で野球チームを作りました。小さなころから学んだ野球で友達も沢山できました。今でも年に数回は集まって酒をかわします。その当時の夢は外資系会社のホテルマンになることでした。今となっては・・・笑
いざ上京時代はバブル絶頂期!!!

友達から誘われて東京都品川にあるコンピュータオペレート業務の会社に入社!
当時は中途採用でも大企業に入れたほど職に困らない時代でした。
紹介料として10万円が支給されそのお金で飲みに行ったことも・・・
(今の時代では想像もつきません。)
会社は高層ビル群の一角で、自分の職場まで2度、3度とID入力しなければ出入りできないほど
高度なセキュリティーが完備されていました。室温は常に20度に管理され三交替勤務で
毎日パソコンと向き合う日々、これが自分の憧れていた都会の生活!!!
夜になると窓から見える東京タワーに感激し、自己満足の世界に浸っていたものです。
しかし東京での生活はそんな甘いものではありませんでした。
元々、田舎暮らしに慣れた私には、きゅうくつでしかもお金がなければ何もできません!
始めて行った喫茶店でジュース1杯700円だったことは今でも鮮明に覚えています。
挫折感一杯で20歳の頃には地元に戻ることになったのです。
その時の父の一言!

「何も言わないから地元に戻ってゆっくり考えろ。」
なんせそれまでは、東京でボロボロの車を買って車内に住もうと思っていましたからね。・・・笑
都会の生活、そして挫折を経験し今度は東京から逃げるように田舎に帰ってきました。

窮屈な仕事に疲れたこともあって、今度は営業の仕事に就くことになりました。
朝礼を済ませ会社を出れば1日中誰に監視されることもありません!!
しかし、夜、会社に戻るときには手ぶらでは帰れません。自由な代わりに毎日結果を求められます。
プロセスは入りません。結果が全て、それが営業マン!!!
もちろん、毎日残業で9時前に帰れるなんてことはなかなかありませんでした。
でも、毎日がとても新鮮で、仕事に行くのがいやだな〜と思ったことなど一度もありませんでした。
24歳までの3年間にいろいろ学び自分自身の可能性を見い出したのも
営業の仕事のおかげだったと感謝しています。
自分には人と接する仕事があってるんだ!これだ!!

そのころ実家では、父母、祖母が畑作業を、祖父がお茶の販売をやっていました。家の中でも高齢化が進み私の必要性は日々大きなものになっていました。24歳の結婚を機に一度は嫌いになった農業の道に進むことを決心しました。最初は、農業というより、祖父のしていたお茶の販売に興味があり、今までの経験を生かして「沢山の人に丸松園のお茶を飲んでもらいたい!」そんな思いでいっぱいでした。

私が就農した時期はお茶の忙しくなる3月のことでした。畑作業になれない中、いきなり一番茶の重労働が待っていました。朝7時には畑に出かけ暗くなるまでお茶摘です。休む間もなく夜は茶工場に入ってお茶を揉んでいきます。
出来上がったお茶を袋詰めし掃除が終わるまで足が棒になるほど動き回ります。
毎日深夜2時ころまで仕事・・・時には一睡も出来ないこともありました。
一年で最もハードな季節(4月〜6月)家族みんな暮らしていける蓄えをしなくてはなりません。
“それがお茶の業界”すべてのお茶摘が終わった頃、私の体は全く動けない状態にまでなっていました。
腰が曲がり疲労で骨がずれてしまい、しばらくは病院通い・・・
「こんな大変な仕事一生通続けて行けるだろうか・・・」不安が脳裏に浮かびます。
夏も、そして冬も、農家の仕事には切りがありません。
また翌年、良質な新芽が収穫できるように管理作業が山のようにあります。雨が降ればカッパを着て日曜だって忙しければ休日返上!そうこうしているうちにあっと言う間に2年3年がたち、やっと仕事を覚えてきた頃・・・こんなに苦労して作ったお茶なんだから“自分で販売してみたい”それまで祖父の仕事だった直販の仕事を私にやらせてもらうようにお願いしました。元々、茶袋に名前も入れずに親戚や口コミで広がったお客様が数件ある程度でした。誰かにお茶をいただいて美味しいなと思っていただいても名前なしの茶袋では注文はいただけません。
まずは名前(丸松園)のシール作りから始めました。
それからの数年間は無我夢中でした。昼間は畑、夜は荷造りの時間にあてました。畑作業ばかりが農業ではありません。自分の作ったものがお客様に届いて感想を頂くまでが農業だ!そんな風に考えるようになったのもその頃です。25歳から32歳までの若き貴重な7年間を消防活動にも捧げました。一言で言うと「こんなに厳しいとは思わなかった・・・」地元に残る長男としての役目!勝手に英雄気取りですが、妻や子供たちにも随分、犠牲になってもらいました。
ごめんなさい。m(__)m

インターネットを使ってお茶の販売を考えている頃、ある方と運命的な出会いをしました。
親身になって我が家のネット販売のことを考えてくれる今でも大切な方です。
人生には何度か素敵な出会いが必ずあります。
その出会いが人生の指針をも変えてしまうこともあるでしょう。
本を読んだりコンサートに行ったりすることも出会いです。


2000年秋、50年ぶりに我が家にとって、
画期的な品種との出会いがありました。
それが今話題の「べにふうき緑茶」です。
そして、山本万里先生
(べにふうき緑茶研究の第一人者)
との出会いでもありました。
その年の秋に23本の苗を植え、翌年には2000本を定植しました。以前にも茶業界において歴史的なお茶の品種の改良が行われたことがあります。1953年、静岡県の杉山彦三郎によって「やぶきた」という品種が育成され品種登録されました。現在では日本の緑茶品種の90%がこの「やぶきた」です。我が家でも1957頃自宅裏の茶園に約2000本の苗を定植しました。父が中学生の頃手伝いで植えたそうです。
その後1980年頃までに自宅茶園のほとんどが「やぶきた」に代わりました。今では新たに4種類ほどの品種を栽培しています。ある日の会合で父が「べにふうき」というアレルギー効果の高い品種があることを聞いてきました。好奇心旺盛の私は、その夜父と相談し、一部にこの品種を植えてみようということになりました。海のものとも山のものとも分からない品種でしたが低迷が続く茶業界において“夢”や“希望“を感じました。お茶の品種の植え替えはとても大きなリスクを伴います。

なぜなら収穫までの3〜4年間その畑は無収入になるからです。
採算を考えると最低10年はかかります。
しかし、その時の自分たちには前しか見えていませんでした。
「べにふうき緑茶」のことを知れば知るほどその魅力のとりこになり、野菜・茶業研究所に出向いては、栽培方法や効果効能を勉強し東京や関西出向いては、研究発表会や試飲サービスを行ってきました。
「少しでも多くの方にべにふうき緑茶の良さを知ってもらいたい」困っている方の悩みが解消できて自分たちも潤うことができるなんてすばらしいことでした。今では長年飲み続けてくれている方が増え丸松園として看板商品までに成長しました。
就農して20年・・・
たくさんの人との出会いがあり、いろんなお茶とも出会ってきました。人がお茶を作りお茶が人を作る。
私たちはお茶を通じて沢山の喜びや感動をいただいています。
「おいしいね!丸松園さんのお茶を飲むと心がほっと安らぐんです。」
そんなお言葉いただくたびに、お茶農家であることに感謝です。
努力なくして茶農家の五代目を継いだ私は一層の努力をしないと・・・

「まだまだ私のお茶物語は始まったばかりなんだから」
と初心に帰り、じぶんを見つめ直します。前だけ向いて日々精進!夢や希望に向かって汗を流します。
そして、いつの日か日本一の茶師・鈴木博之となることを夢みて・・・

静岡県青年の
主張県大会において
優秀賞をいただきました。
平成20年・21年・22年・23年と
4年連続で掛川市の品評会において
最優秀賞をいただいました。



丸松園 11種類のべにふうき

ポイント制度
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